【FOR BEGINNER’S COLUMN④ 】ビーチバレーボールの選手として活動していくにはどうしたらいいの?
前回のコラムでは海外ツアーにおける賞金、収入についてお話ししました。当然のことながら選手たちは不断の努力と周到な準備の末に、勝利と名誉、そしてその賞金を掴んでいます。
では、彼らがそれをつかみ取るまでの努力と準備には、どのくらいのお金がかかるのでしょうか? 海外のトップチームは様々な形で支援体制が整っているようですが、日本の選手たちはどのようなサポートを受けているのでしょうか
年間でかかる活動経費はどのくらい?
まずは、海外を転戦する渡航費、宿泊費、人件費など、経費についてふれていきましょう。
2012年にビーチに転向し、海外を転戦してきた上場雄也選手(松戸レガロ)は、個人で転戦する場合、FIVBワールドツアーでは平均して1大会20〜30万円程度の経費がかかると話します。そこにはチームスタッフの費用は含まれていないため、コーチ、トレーナーなどが帯同すれば、その費用も上乗せされることになります。
ビーチバレーボールでは、テニスやゴルフなど他の個人スポーツと同様、選手がコーチを雇います。自らの力量、ステージ、プレーの方向性など様々な要素を考えながらコーチを選択していきますが、その中には経済的なバランスも含まれるでしょう。
コーチは1人だけでなくアシスタントコーチがいると、より効率的な練習が可能ですし、複数でデータ収集やスカウティングなどを行うと戦略レベルは上がり、勝利に近づくことは間違いありません。
しかし、それだけ経費がかかることになります。トレーナーも同様です。上場選手は「ストレングス、メディカル、メンタルなどトレーナーの専門性もいろいろあって、すべてを満たそうとすると経費は倍増します」と言います。
コーチとは、選手が見てもらいたい時のみ指導を受ける契約もありますが、選手に帯同し年間での契約が最もコーチングの効果が高いでしょう。ほぼ専属となる年間契約にはコーチの技量、経験、実績にもよりますが、年間300〜1,000万円程度の経費がかかるそうです。
コート使用料など日々の練習費、トレーニングで痛めた筋肉をケアするボディメンテナンス費も少なくない金額です。
さらに体を作るための食費も欠かせない経費で、上場選手も「体ができていないとパフォーマンスは上がらないので、大切な部分です」と話します。また、ウェアや練習に必要な用具の費用も必要な経費と言えるでしょう。
プロのビーチバレーボール選手として活動していくためには、自分の能力と生活環境に対し、目標に向かって何を取捨選択し経費をかけるか、問われるところです。
もちろん、スポンサー契約内容、支援体制によって、選手の環境は各々です。日本代表に選出された場合は、選手によって日本バレーボール協会から経費や人件費の一定額の支給はあります。
活動を支えるスポンサー名をアームバンドやユニフォーム上に露出する上場選手
個人で活動するか、企業に所属するか
次に、選手の経済的なサポート体制についてふれていきます。今回、経費の概算を教えてくれた上場選手は個人でスポンサーから支援を募り、活動しています。出身の千葉県松戸市にチームを立ち上げ、バレーボール教室やイベントを運営しています。
また、企業に就職し、社員アスリートとしてサポートを受ける選手もいます。いわゆる、企業チームです(企業チームは近代スポーツ黎明期のヨーロッパにも存在しましたが、今では日本を始めとする東アジアにしかほぼ存在しません)。
現在、トヨタ自動車株式会社と株式会社オーイングがトップレベルのビーチバレーボール部を所有しています。2012年からオーイングに社員として所属し、今シーズンからはコーチ業が中心となる幅口絵里香選手は「ビーチでプレーすることが仕事です」と話します。
月々の給与とは別に遠征費、トレーニング費などは企業がサポートし、一時期はコーチも社員として雇用する形になっていました。元々は会社の地元、福井の国民体育大会(2018年)での活躍を狙った体制でしたが、その過程で日本代表にも選ばれ、同じく社員である村上めぐみ選手はアジアのトッププレーヤーになっています。
それまではフリーで活動していた幅口選手は、入社したことで「環境も変わり社員になって責任感も出ました」と振り返ります。福井国体の結果だけでなく海外での活躍は、企業にとっても社員の士気高揚や宣伝においてメリットがあり、互いに良い関係を築けていると言えるでしょう。
練習に必要な用具なども経費のひとつ
サポートを得るための手段
また、「チーム」ではなく、企業がビーチバレーボール部を持たなくても、社員として雇う形が増えています。
日本オリンピック委員会が行っている就職支援制度「アスナビ」を利用し、入社した選手もビーチには数多くいます。アスナビは就職を希望するアスリートと、スポーツに理解があり支援の意向がある企業を結ぶ制度で、2010年に始まりました。
柴麻美選手もその1人で、2018年、大学卒業時にアスナビを通じ、株式会社帝国データバンクに入社しました。海外への挑戦を望んでいる柴選手は、会社から遠征費をはじめコーチ費、トレーニング費など、大きなサポートを受けています。会社には週1日程度出社し、広報グループの社員として働きながら、昨シーズンはワールドツアー6大会に出場しました。
初めてアスリート社員を採用した帝国データバンク人事部人材開発課の片岡陽隆課長は「柴選手を応援することで、社内が同じベクトルを持つことを望んでいます。社員の関心も高く、雰囲気が良くなっています」と話します。企業宣伝よりも社内の一体感に軸足を置いた目的にもうまく合致しているようです。
前述したように、企業に所属しサポート受ける形は日本特有ですが、この形は戦前から長く続いており、国内のスポーツ環境を支えてきたシステム。幅口選手は「企業に所属することで、ビーチだけを考えられる時間は増えます」と、プレーヤーが得るものを説明します。
逆に、1日1時間はスポンサー獲得活動に時間を割いている上場選手は「この活動をしていると、圧倒的に多くの人とつながりを持つことができ、よりたくさんの人から応援がもらえます」とスポンサーを受ける形でのメリットを言います。
どんな形であれ、自身のパフォーマンスを見せて結果を残すことが、サポートを得る手段です。勝つことでより大きなサポートを引き寄せ、それをまた勝利へとつなげていく。そして名誉と賞金を掴んでいくのがプロアスリートの仕事と言えるでしょう。
所属先名のアームバンドを装着する柴選手
取材・文/小崎仁久(スポーツジャーナリスト)